[椿さん]

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尚、この話はMSNメッセンジャー上で書いたもので、本文もそれに即しています。
数行ごとにぶつ切りにしてあるのはそのためです。
ちなみに、書いた発端は友人の「椿さん(仮名)のエロよろ」(うろ覚え)から書き始めました。

「椿さんっ!」
 思わず俺は抱きしめていた。鼻腔をくすぐる甘い香り。頬に感じるしなやかな髪。抱きしめただけ柔らかく暖めてくれる身体。
 全てが愛おしくて。
 全てを感じたくて。
 全てが欲しくて。
 更に強く自分の身体へと引き付けていた。

 掻き出しても尽きることのない椿さんの愛液をたっぷりと飲み込む。
「やぁ……汚いよぉ」
 紅潮させた顔でいやいやと顔を振る椿さんが可愛くて、今度は音を立ててそこを舐り始めた。

「っくぅ……俺、もう……」
 下腹部が痺れる様に疼いていた。
 全てを、椿さんに注ぎたい!
 その衝動を全て椿さんにぶつける。
「んぅ……」
 椿さんは激しさを増した腰の動きに思わずシーツを握り締めていた。
 全てを……全てを椿さんにっ!
「ぁ……膣内は……」
 小さい、それでも拒否の言葉は耳に届いていた。だが、俺の理性を取り戻すには不十分だった。

「膣内はダメって、ゴムしてたんだから関係ないよ」
 絶頂の余韻が冷めきらない椿さんの髪を撫ぜながら囁いた。
 聞こえているのかいないのか、椿さんは肩をで呼吸をしたまま目を瞑り、やがて微かな寝息を立て始めていた。

「ごごご、ごめん! すぐに寝ちゃって!」
 起き上がった椿さんは挨拶もすっ飛ばして頭を下げてきた。
「いいよ、激しくちゃった俺が悪いんだし」
 眠れる姫を観賞するのも悪くなかったが、正直授業中で見飽きていた俺は無駄に古いゲームのレベル上げをしていた。
「でも、その……後始末とか、着替えとか……」
 段々と小さくなっていく声で、背中向けた状態でも俯いて顔を赤くしていることが想像出来る。
「いいよ、慣れてるし」
「そっか、慣れて……へ?」

「なな、慣れてるってどういうことかなぁ? 私知りたいなぁ?」
 お、ついにクソ使えなかったテリーも全職マスターか。
「聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
 あとは育てるキャラもいないか……このゲームも潮時か。
「じゃ、じゃあ説明してくれる?」
「おう、その前にセーブを――って何すんのっ!?」
 暗転。猫リセットの次に脅威の電源ぶっこ抜き。鬼、悪魔だ。

 正座と言うのは非常に心が締まって宜しい。
 ついでに首が絞められる直前なのは愛嬌だ。
「ねぇ、私知りたいなぁ? どうして慣れてるのかなぁ?」
 角が生えた椿さんは怒っている……のだろう。
 だが、どうにもその表情は可愛らしくてついつい頬が緩んでしまう。
「ねぇ、ねぇ? どうなの? 私以外としちゃってるの? しちゃったの? 介錯していいの?」
「こらこら、自決させないでくれ」

 さて、どう説明していいのか。
 男のロマンというか、幻想郷、黄金郷の説明を理解して貰わなければならない。
「さて、椿さんや」
「なにかなぁ?」
 微妙に怒りマークが見えますね、椿さん。
 本当ならもっと怒っていいんだけどね、そこがまた可愛いといいますか。
「俺にかなり年下の妹が居ることはご存知でいらっしゃいますよね」
「なに? ロリコン? 近親相姦? キリストへの冒涜? 背信? 異端審問していいの? わーい、魔女裁判♪」
「飛躍しすぎだ」

「まぁ、齢にして4歳の妹はパジャマでおジャマにそろそろ出したいがいやはやまだ甘えたがりでな、家族に着替えをされているわけだ。溺愛されてるしな」
「うん、それで慣れてるって言いたいの? 馬鹿なの? 死んじゃうの?」
「死なさないでくれ。幼稚園に上がったのにまだ着替えさせている馬鹿親と俺に言ってくれ」
「うん、死んじゃうんだね♪」

「ま、そういうわけだ」
「……どういうわけなの? 殺していいの? 十七分割してzipで保存していいの?」
「色々混ざってるな、おい」
 というか、どこからそんなネタを仕入れて来るんだか……あ、俺か。
「大体、椿さんが俺に女装させるから脱ぎ方着方が分かってるんだよ。ある意味椿さんのせいだから」
「……死んでいい?」
「うん、色々と楽しかったよ。君が生きれなかった分、俺がしっかりと楽しんでおくから」
「それは悔しいからやっぱりやめる」

「つか、今更だけど俺に女装させるって何よ?」
「え、べ、別にいいじゃない!」
「まぁ、俺は精神的にどっかイっちゃってるからいいけどさ、一般的に見ておかしいだろ?」
「わ、私もちょっとおかしいから一緒だよー。お揃いだねー」
 乾いた笑いが部屋に響いて、空気は凍った。
「……ゴメン」
「うん、それでいいんだ」

「でだ、椿さんよ。俺がもし女装を楽しめない性格だったらどうしていたんだろうな」
「え、あ、うーん、どうだろうね?」
「どうだろうねって、椿さん……」
「最初から精神的にちょっとイっちゃってるって分かっていたから気にしたことないから」
「それはそれで傷つくな」
 それはそれで話題逸らしに成功だな。

 そう、あれは雪の降る寒い夜だった……
「思いっきりラブホテルで暖房が暑かったよね」
 ……俺と椿さんは意気揚々と自動化されたホテルの玄関で自販機に向かってどの部屋にするか考えていたんだ。
「というか、クリスマス間近で部屋の選びようがなかったよね」
 ――それで、椿さんが言ったんだ。
 ――わぁ、コスプレルームだって。
「わぁ、コスプレルームとSMルームの二択だなんて、それは一択だよね」
 と、とにかくだ、俺たちはフロントで誰の目にも触れられずに券売機の口からでた鍵を握り締めて仲良く部屋まで歩いていったんだ。
「私軽くスキップだったよ?」
「想像でくらい清楚になって」

 まぁ、そうしてロマンの足りない俺たちは初ラブホにブースインだ。
「で、私よりも先に暴走したんだよね」
 そう、俺はコスプレルームということで足取り軽く色とりどりと並んだ衣装に飛び込んだんだ。
 それで、俺は発見しちゃったんだ。

「なんで……メンズサイズがあるんだ……」

 そこから俺たちの歯車は狂い始めたんだ。

「元から狂っているのに?」

 チェックアウトまでの数時間、若い男女がラブホテルにいればすることは一つ……じゃないんだよな。
「何故か全部の衣装にメンズサイズがあって、試着会をしたよね……無駄にメイド服が似合ってたり」
 ああ、そのメイド服だ。ロングスカート。黒タイツ。パニエ。なんで全部ピンポイントでいいのがあるのか知らないが、それが椿さんを暴走させてしまったんだ。
「わー、可愛い〜」
 こう、な? 分かるだろ?
 純粋無垢な笑顔で抱きつかれたら分かるだろ?
 すっっっっっごい和むんだよ、性欲とか通り越して。
「うん、つまり俺は椿さんのそんな笑顔が見たくなったんだ」
「綺麗にまとめようとしてるけど、実際結構ノってたよね」
「……折角まとめたんだから思い出くらい綺麗にしようよ」

「可愛いなぁ……ねぇ、このまま――シよ?」
 上目遣いの椿さんに俺は声が出なかった。
「初体験が女装男とするってどうよ? 女性的にさ!!」
 なんて突っ込みさえ出来なかった。
 破壊力的に言えばハッサンにバイキルトで正拳突きクラス。死ねる。混乱なんかされたら即馬車レベルだ。
 そのまま導かれるようにベッドの上へ……って普通男がリードするべきじゃね? って突っ込みはもちろん出来なかった。
 魅せられていた俺は、ただ蜜に誘われる蝶のごとくただ彼女にされるがままになっていた。

 仰向けに寝かされるとシーツから洗剤のきつい匂いが漂った。
 それを遮るかのように椿さんが――
 ――ちゅ――
 優しく、触れるような口付けだった。
 小鳥の囀りよりもささやかな音なのに、鼓膜に張り付いて心臓を早めた。

 視界一杯の椿さん。
 少々垂れ気味の右目だとか、本人が気にしている丸い鼻だとか……全てが美しく、輝かしく、そして愛おしい。
「椿さ――」
 ん、と言うよりも早く再び口付けで止められた。
 言ってはいけないのか、それとも分かっているのか。
 先ほどよりも長い口付けは、何かを求めているようだった。

 恐る恐る腕を伸ばし、椿さんの身体を包む。
 硝子細工に触れるように、なんて表現があるがそんなレベルではない。
 少しでも拒否されるのが怖くて、俺は彼女の衣服に触れるだけが精一杯だった。
 暫くそうしていると椿さんはゆっくりと瞼を開く。
 どうしたの? と問うように。
 もっとしていいよ? と許すように。
 足りないよ? と懇願するように。
 ただ優しく俺を見つめていた。

 意を決して、それでもゆっくりと両腕に力を込めてゆく。
 自分の着たメイド服越しに伝わる感触が徐々に変わる。
 空気から布地へ。布地から、椿さんの身体へ。それから、体温へ。
 これほどまで様変わりをするのが女体の神秘と言うものなのだろうか、感動を覚えつつもじわじわと椿さんを抱きすくめる。
 触れ合う面積が広がるたびに、心が温まってゆく。
 胸板に潰れてゆく双丘を感じるたびに、心臓が早まって行く。
 心音が近づくたびに、交じり合ってゆく。
 それはとても甘美であったが、同時にもどかしくもあった。

 柔らかすぎる肢体はどこまで俺を受け入れてくれるのか。
 このまま力を込め続けたら一つになれるのではないだろうか。
 錯覚じみた感覚が脳のどれよりも先に心を支配する。
 いつの間にか唇が離れ、椿さんは猫のように身をよじらせてはさらに密着しようとしていた。
 触れ合うたびに、近くなるたびに、全てが加速してゆく。
 時間だけが取り残され、相対的に、それこそまるで永遠のような時間だった。
 込め続けていた力も椿さんの動きが止まると同時にやめていた。
 たった、それだけで。
 こんな特殊な状況なのに。

 初めて死んでいいと思った。

 鼻先をくすぐるシャンプーの匂い。いつもと変わらない、けれど俺と同じ匂い。
 この匂いが好きになって、俺は初めてシャンプーの銘柄を覚えたんだ。
 満足げに小さく鳴いた、その仕草はまさに猫そのもの。
 愛おしくて、そして可愛くてどうしようもない。
 この感情をどう表現すればいいのか分からない。
 今まではセックスそのものが愛情表現だと思ってきた自分が馬鹿らしくなるくらいだった。
 いつまでも一緒にいたい。いつまでもこうしていたい。だけどそれでは足らない。
 他にどんな方法があるのか思いつかない。
 まるで揺り篭に収まった赤子のような感覚だ。

 ゆらりゆらりと、二つ重なった心臓でゆれてゆく陶酔感。
 揺り篭よりもさらに深く深く交わってゆく。
 これは……そうだ。
 ――まるで羊水の中のごとく。
 ――全ての愛に包まれて
 ――全てが繋がって
 ――彼女がいるから俺がいるように
 ――そういう感覚だ。
 全てが交じり合う、全て椿さんに委ねる様な安心感。
 生命の繋がりを感じるかのような錯覚。
 DNAレベルまで一緒になりたいと、そう願いさえしてしまう。

 その幸福感も椿さんが動いたことで終わってしまった。
 ちいさく、大きいメイド服の上から胸板へのキス。
 先ほどまでの感覚が名残惜しい俺としては、それだけじゃ不十分すぎた。
 それを分かっているのか、椿さんは焦らす様にワンピースの上から、エプロンスカートの上から口付けの雨を降らせる。
 次第に動きが大きくなり、慌てて腕の拘束を緩める。
 それに呼応するように今度は首筋、鎖骨、額と撫でるように唇が触れてくる。
 少し短めに切った髪が身体をくすぐり、キスのせいもあってむず痒い。
 今度は俺が身をよじると、椿さんは右頬に手で触れてきた。
 動かないで、と反対の左耳に囁き、そのまま耳たぶを甘噛みされる。

 そのまま紅い舌が伸び、耳の構造に沿うように丁寧に舐めてくる。
 たったそれだけで足先から鳥肌が這い上がってきた。
 ゆっくりと、ゆっくりと、余すところなく舐め上げられる様子はその耳孔からフルボリュームで流れてくる。
 未だに抑えられた右頬のせいで身動きが全く取れない俺は、ただ感じることしか出来なかった。
 優しすぎる圧力はすぐにでも振り切れるのに、どうしてか万力のように硬かった。
 たっぷりと時間を掛け、漸く一段落が着いた。
 その矢先だ。

 一際大きな水音。
 一気に左耳を占拠したその音は脳髄を麻痺させた。
 びくりと反射で腰が持ち上がり跳ねた。
 俺の動きを見て椿さんは妖艶とした声色で薄く笑い、そして再び左耳を蹂躙し始めた。
 そこまでされて漸く感覚が戻ってきた。
 彼女は――椿さんは耳の中に舌を入れているのだ。
 確かにここは性感帯の一つであることには間違いない。
 感覚器の内側と言うのは機微を感じ取れるように敏感に出来ているからだ。
 だから、としてもこの感覚は初めてで、そしてあまりにも強すぎた。

 俺が出来たのは、ほんの小さく、搾り出すような呻き声を上げるだけだった。
 オナニーなんかとは異質すぎる、そして圧倒的な存在感のある快楽に抗うことが出来ない。
 じゅぶじゅぶと鼓膜を蹂躙した音に脳も再び麻痺し始め、ただされるがままになってしまった。
 何も考えることが出来なくなる直前、急に音が途絶えた。
 あと少しで精神的絶頂に入ろうという寸止めにされ、、もう何もかも関係なくただ縋る様に椿さんを見上げる。
 どこか恍惚とした表情に赤みがさし、とても同い年とは思えない少女がそこにいた。

 ――どうしたの? 欲しいの?
 撫で上げる様な声にただ頷くしかできない。
 その声でさえ、今の俺には快楽と認識されていた。
 可愛いね、と唇に再びのキス。
 それはとても軽く、一瞬で離れてしまう。
 またもお預けを食らった俺に椿さんは妖しく囁く。
 ――どうしたの? 欲しいの?
 身体が自然と小刻みに首を縦に振らせる。
 パブロフの犬もかくやという俺を見下すように、彼女は俺の身体に跨った。
 ――欲しいの? もっと欲しいの?
 声だけで麻痺し始めた脳髄は反射で身体を動かす。
 ――欲しいのなら、言ってごらん?
「う……ほ、欲しい」

 霞が掛かった思考の中、無理やりに搾り出した言葉に、椿さんは頷いてくれなかった。
「メイド服を着てるんだよ? もっとそれらしく言ってごらん?」
 見下すような言葉が降りかかる。
 だが、その声でさえ感覚をレイプされる俺は、抗う術を持っていなかった。
「ほ、欲しい……です。お願い……します」
 自分が何を言っているのか分からない。
 蜜を得に来た蝶が辿り着いたのは、食虫植物だった。
 気付くのが遅すぎた。

 けれど、どうでもよかった。

「私はだぁれ?」
 妖しき笑みを浮かべ、脊髄を撫でるような声が耳に入る。
「つば……きさん」
「メイドのなのに馴れ馴れしいのね」
 その一瞬だ。
 気落ちした表情を瞬間に、本当に反射なのだ、声を発した。
「ご主人、様」
 たったそれだけでまた妖しい笑みに変わる。
 視覚でさえ感覚を蹂躙し始めた椿さん――いや、ご主人様に俺は飼われ始めていた。

 その声は何よりも美しい。
 その姿は何よりも輝かしい。
 その香りは何よりも華々しい。
 その感触は何よりも狂わしい。
 全てを委ねる感覚。
 全てを明け渡す感覚。
 全てを交じり合う感覚。
 これが、俺の感じていた――ご主人様だ。

 ――よく言えたご褒美ね
 声は耳だけ出ない。
 全身を撫で回すような快楽に変わっていた。
 微かな力で顎に触れてくる。それだけで痺れるような快感が走る。
 導かれるようにだらしなく口を開くと、ご主人様の舌が伸びて近づいてくる。
 ああ、ついにあの愛おしい舌が入ってくる
 そう思ったのも束の間、ご主人様の舌は開いた口の数センチ上で留まった。
(一体どうして?)
 情けない視線を飼い主の瞳に移すが、上気した主人がただ妖しく笑っているだけ。
 ここまできてまたお預けなのか。
 狂いそうなほどのもどかしさが四肢を駆け巡った。

 つぅと、糸を引いて垂れてきた。
 唾液だ――それを確認した瞬間には焦燥感が消えうせていた。
 残ったのは貪欲な犬が一人。
 生暖かいそれは、熱くなり過ぎた俺にとっては冷たい飴玉のようだった。
 甘く、興奮する味。
 口内の全てに擦り付けるように舌で塗り上げ、咽下した。
 喉奥を通り抜け、食道へ。
 全てが彼女に埋め尽くされる。塗り尽くされる。
 胃まで到達するよりも早く、再び唾液が落ちてきた。
 それを待ち受けるように舌を伸ばして受け止める。

 熱いのに冷たい。
 この一滴が俺の全てを満たしてくれる。
 滾り続ける身体に反して、脳内オーガズムは止まることを知らない。
 出来ることなら一生涯貪るように啜り続けていたい。
 だが、そんな幸福の時間も四滴目が垂れたところで終わってしまった。
 無様に舌を伸ばしている俺を再び彼女は見下して微笑む。
 ――まぁだ欲しいの?
 がくがくと頷く。
 ――欲張りさんね
 するりと側頭部から耳の後ろを抜けて顎、喉元、鎖骨へと主人の手が這う。
 びくりと震える身体は彼女のささやかな重みで止められてしまう。
 掌全体で触っていたはずが次第に離れてゆき、人差し指だけが残って右の鎖骨だけを弄っていた。

 次第に鎖骨から乳首の傍を通過した指先はエプロンドレスを引っ掛けないように下がっていった。
 視線で追い、辿り着いたところは彼女の股間だった。
 捲れ上がった灰色のミニスカートから覗く薄緑の下着。
 そこに隠れた、恐らくは一番敏感な部分で動きが止まった。
 小悪魔のような声は鈴の音よりも脳の奥に突き刺さる。
 見せ付けるように腰を前に出し、大きく膝を割った。
 初めて見る光景に、ただただ釘付けになった。
 スカートと皺が作る微かな陰影。女性特有の起伏さえ分かる。
 クロッチが微かに濃く色を作っていた。
 ――濡れている?
 疑問はすぐに霧散した。
 その繊細な指が動き始めたからだ。

 ゲームや漫画のように音がしているわけでもない。
 彼女が声を漏らしていることもない。
 ただ指が陰核の周囲を撫で回しているだけ。
 それを見せ付けられているだけ。
 微かに彼女の匂いを嗅いだ気がした。
 それは幻想なのだろう。
 極限まで高められた感覚が作り出した影だ。
 こんな距離で分かるはずがない。
 だから意識して、その光景を焼き付けるようにじっと見つめた。

 最初は下着に皺さえつけないような、ほんの些細な動き。
 それが次第に大きく大胆になっていく。
 下着に刻まれるのは皺だけじゃなくなった。
 それは大きな動きで張り付いた女性器の姿。
 それは確かな刺激で広がりだした女の染み。
 敏感な部分には一度たりとも触れてはいないだろうに、ここまでなるものなのだろうか。
 さらに凝視を始めた俺に彼女の声が降りかかる。
 ――濡れてるの、わかる?
 甘美であるはずの声が、目の前の衝撃的な映像に負けて届かない。
 返事も頷きもしないのに、彼女は怒ることもしないで言葉を続けた。
 ――ふふふ、夢中なんだね
 ああ、その通りだ。夢中すぎて、眼球しか存在しないような感覚だ。
 ――私ってね、普段から少し剥けてるから、すぐにこうなっちゃうんだ
 言葉が、届かない。
 意味が壊れ、音だけの存在として脳を通過する。
 ――一緒に歩いているときでも
 ――自転車に乗っているときでも
 ――すぐに濡れちゃうんだ

 傍目からも女性器の場所が分かるまでに張り付いたそこに彼女は指を立てた。
 ちゅく。
 ごくごく小さな音。
 ホテルの古いエアコンに負けそうなくらいにささやかで、一瞬幻聴かと思えるほど。
 だが、人形のように繊細な指先が動くたびに小さく小さく音が届く。
 ――目が見開いたね、聞こえたんだ
 甘い甘い囁き。
 僕の反応が面白いのか、ご主人様はさらに音を立てて俺を挑発してくる。
 ――もっと近くで見せてあげる
 ついには、腹の上に乗っていた腰を胸までと近づけてきた。
 あまりにも至近距離の映像は刺激が強すぎたのか。
 押さえつけられた腰が自由になったからか。
 急激な射精感が押し寄せ、我慢する暇もなく達してしまった。

 痙攣して跳ねる腰の動きを感じられてしまった。
 ――イっちゃったんだ
 俺にその問いを答える気力がない。
 精も根も尽き果てるという言葉に相違ない、不甲斐ない俺だった。
 そんな無様な自分を、椿さんは嫌うようなそぶりもなく優しく微笑んだ。
 ――うれしいよ
 ――わたしでここまでかんじてくれるなんて
 自分の子種でぐしょぐしょとなった下着の気持ち悪さも感じない陶酔に酔いしれている脳はその言葉を受け入れることが出来なかった。
 ――それじゃ、ごほうびにぜんぶみせたげる

「んっ」
 耳を打った嬌声で我に返った。
 しな垂れていた全身に血液が巡るのが分かる。
 視線をわずかに向ければ彼女が――俺の主人が見える。
「ねぇ、見て、る?」
 今までとは違う声色。小悪魔だとか、鈴のようだとか、そんなものとは一線を画している女の声。
 弄る指先は今までとは違い、敏感になっているであろうその場所を必死に刺激していた。
 時には外周を弄り、焦らしては陰核へと導く。その度に彼女は女の声で喘いでいた。
「わたっし――こんな、にっ、なって、る、よ」
 膣に下着ごと指をめりこますと、今までとは比べ物にならない卑猥な音が漏れた。
 許容量を超えた愛液はいつの間にか俺の胸元まで侵食していた。

「っん、ぁ」
 演技じみた大袈裟な声じゃない。だからこそ一層の興奮がある。
 じゅぷ、じゅると音を立てては染みを広げて背を弓のように逸らす。
「見て、るっ、よね? みてる、よね?」
 確認するかのように呟く彼女の視線は既に虚ろとなっていた。
「っぁ、わた、し、みられて、か、んじて、る」
 終いにはぎゅっと目を瞑り、只管行為に没頭し始めた。
 きっと彼女には俺が見ていることさえ関係ないのだろう。
 見られているという想像だけで、没頭できるのだ。
「く、ん…っは」
 動きは更にエスカレートしていく。
 垂れ流している愛液を広げるように腰を前後に動かし、親指と中指を器用に使って膣口と陰核を同時に攻め立てる。

「ん゛ん゛っ……っくぅ」
 声を殺すように、喉を震わせて悦楽の声を響かせる。
 最初は俺の胸に座るような格好だったのが、身体を逸らし過ぎて寝そべりそうだ。
 身体を支えている両足の踵はすでに浮き始めていた。
 上半身の無理な姿勢を支えている右手も、かくかくと力をなくし始めている。
「っぁく、ふっゎ」
 執拗なほど攻め立てる指の激しさが一層に増した。
「ん゛ぁあ、みて、っ――み゛っっ!」
 ピンと彼女の腰が天井へと跳ね上がる。
 爪先だけで身体を浮かすには無理があったのか、一瞬でバランスを崩した椿さんは横へと倒れた。

 びくりびくりと小刻みに打ち震える身体に合わせて投げ出された足が動く。
 これが女の絶頂なのか。
 男のそれとは違い過ぎる光景は、興奮よりも圧倒されて何も出来なかった。
 荒々しい呼吸の音だけが聞こえる。
 重く感じる上半身を起こして椿さんを見た。
 絶頂とは正反対に、身体を丸めて時折思い出したかのようにびくりと身体を震わせる。
 投げ出した四肢も色よく、その艶かしさに生唾を飲み込んでいた。
 この姿が……あの椿さんなのだ。
 キャミソールから剥きだしの肩が。
 スカートから覗く太股が。
 髪の張り付いたうなじが。
 何もかもが妖艶に見える。

 忙しなく上下する胸にそっと手を伸ばす。
 若干――いや、結構――いや、かなり起伏に乏しいとしか思えない胸板。
 別に胸の大きさに拘りがあるわけじゃない。
 大きかろうが小さかろうが、それはどうでもいいことなのだ。
 椿さんのという所有格一つだけで、それは俺にとってこの上なく最高の代物になってしまう。
 触れた時を擬音にすれば、ぺよん、だ。
 男のように固いわけではないが、柔らかいそれは体積が足りずにどうしてもすぐに骨に当たってしまう。
 だからぺよん。
 ぺよんと触ってじゅんじゅんしちゃったら韓国もびっくり玉手箱だ。

 掌へダイレクトに伝わる突起の感触。
 小さすぎて夏以外はブラしないと言っていたが本当のようだ。
 放心状態で寝転がる椿さんを刺激しすぎないように慎重にそこを弄ってゆく。
 乳房、乳首、肋骨、へそ、鎖骨、首筋――
 何一つ不十分なところなどない。
 何一つ不満なところなどない。
 身体を本格的に起こし、今だ興奮冷め止まぬ椿さんへ覆いかぶさった。
 額にかかった前髪をそっと掻き分けそっと口付ける。
 子供をあやすような、額への浅いキスだ。
 二度、三度と繰り返していくと、漸く瞳に生気が戻った。

「あ、れ?」
 ぱちぱちと瞬きをしてこちらを見る。
「おはよう」
 眠りから覚めた姫様に呑気な声を掛ける。
「あ、うん……おはよう」
 顔を紅くして、はにかんだ椿さんはやはり可愛かった。
 俺の下にいるのが居心地悪いのかもじもじと身動ぎを繰り返したので離れようとしたら肩を押さえられた。
「……」
 薄く目を瞑り、心なしか突き出すような唇。
 ああ、もう、可愛いな。
 ガリレオの林檎よりも強く、俺はそこに引き付けられて行った。

 可愛い可愛い椿さん。
 唇が触れると小さく声を漏らす。
「――んっ、……ん、ご褒美終了」
 いつの間にか表情は妖しい女のそれに戻っていた。
 やんわりと両肩が押され、それに抗えない俺。
 結局、再び元の位置関係に戻ってしまった。
 腹の上にちょこんと座り、見下す視線が鋭く突き刺さる。
 それまでとの違いは、彼女が俺の一物をメイド服の上から撫で擦っていること。
 椿さんのさっきまでの痴態に痛いほどいきり勃ってしまっていたそれには、もどかしい刺激だった。

「あは、スカートまでせーえき染み込んで来たよ」
 ああ、パンツの中で出しちまったものがそこまで広がってしまったのか。
 後ろ手で掌全体にそれをこすり付けるようにして撫でられる。
 ぐちゃぐちゃになった精液に埋もれた亀頭を刺激されて、気持ち悪さに声が出た。
「ん? これがいいの?」
 動きに激しさが増す。
 もどかしさから一転した快感に別の声が漏れた。
「あはっ、やっぱりこれがいいんだぁ」
 俺の反応に気を良くした椿さんはぐりぐりと力を加えてさらに大きく動かした。
「べとべとが染み出してきた……へんな感触」
 変と言う割にはどんどん強くなる刺激に、やはり俺はされるがままだった。

 いいように玩ばれ続け、ふと刺激がなくなった。
 椿さんは俺の精液が染み付いた手をその丸っこい鼻先に近づける。
「ん、臭いね……けど、イヤじゃない」
 そして、指をぺろりと舐め上げた。
「う、変な味……でもやっぱりイヤじゃない」
 中指だけでは足りないのか、人差し指、薬指までもその小さな口に入れてしゃぶる様に舐め上げる。
「不味いのに……すごい興奮するよ」
 掌も、親指までもべっとりと唾液を塗りたくる。
「うん……これでおあいこだよね」
「おあ、いこ?」

「私のこれと」
 すっと足を開いて下着を見せ付ける。
 ぐっしょりと濡れそぼり、性器の形を浮き彫りにされていた。
「ね?」
 年相応の笑顔を浮かべる彼女。
 このギャップがものすごくいい。
 女とも少女ともなる、この人が、堪らなく大好きだ。
「私のメイドさん」
 顔をそのてらと光る左手で撫で回される。
 ぬるりと顔面を這う唾液、唇に触れると思わず舐めとってしまった。
 椿さんの指に舌が触れると、そこを一撫でされてすぐに戻ってしまった。
 俺の唾液の付いた薬指を咥え、甘く囁く。
「お返事は?」

「う、あ……はい」
 呻く言葉に彼女は満足した。
「ふふふ、いい返事ね。従順な子」
 彼女の唾が光る薬指が今度は押し込まれる。
 虚を突かれたがすぐさま彼女の一滴たりとも逃さないように、蛇よりもしつこく下を這わせた。
 あまりにも真剣にやっていたからか、笑いながら聞かれた。
「うふふ、そんなに一生懸命になって……ねぇ、私の美味しい?」
 ちゅぽ、と吸い付いた指が抜かれた。
「あは、そんなに恨めしがっちゃって」
 けらけらと笑う。
「私のメイドは欲張りね」
 何度も聞いた甘い声。
 脳髄が幾度も蹂躙される、心地よい声。
 ああ、またこの人に五体全てが奪われる。
 俺はそんな感覚にさえ酔っていた。

 椿さんは腰をわずかに浮かした。
 更に見せ付けるのか、と思いきやこんなことを言ってくる。
「ほら、従順なメイドさん? 自分でスカートを上げなさい」
 上げる……捲し上げる。
 脳が判断すると理性を通過する前に四肢を動かしていく。
 股間部分がぐちょぐちょになったスカートを掴む。
 そろそろと。するすると。
 足を這い上がる蜘蛛のようにゆっくりと裾を捲り上げてゆく。
 やがて完全に、彼女と同じように濡れた下着をはだけさせた。
「あは、いいこ」
 静かに腰を下ろし、また顔を撫でられる。
 今度は唾液のない、右手だった。
「さ、ここまでしたら次は何をするか分かるよね?」
 こくりと頷く。
「じゃあ、おねだりしてごらん」
 くるくると指先で首筋を弄られる。
 それに後押しされるように言葉を発した。

「挿入れて……下、さい」
 満足げに頷くと膝立ちで後ろに下がり、今度は太股に腰を落ち着けた。
 外気に冷やされた精液がまとわり付くパンツからそっと一物を取り出す。
「っく」
 冷えた手が熱く滾るそれに心地いい。
 二、三度扱く様に竿を撫で擦り、その根元を押さえつつ再び腰を浮かしてその照準を定められる。
「それじゃ、挿入れるね」
 ゆっくりゆっくりと腰を下ろしていく。
 彼女に俺のものが触れるだろう、その数センチ手前で一旦動きが止まる。
「これじゃ入らないから」
 自分で確認するためにスカートを捲り、下着を横にずらして初めて女性器を露出させた。

 整えられた陰毛に膨らんだ蕾、そして小さな入り口。
 包み隠すことなく彼女は見せつけ、そして止まっていた腰を落とし始めた。
 鈴口と膣口が触れると椿さんから小さな声が漏れた。
「……んっ――!」
 決意に似た声色。
 それと同時に強烈な圧迫感が亀頭を覆った。
 その感触、その温度。
 全てが初めてで全てが怖くて、でも全てが気持ちいい。
 それでも動きが止まらない。
 じわりじわりと肉襞を押し広げて入っていく。

「ん……ぐ」
 今までの声とは違う、悲痛な呻きに我に返る。
 そうだ、そうだった。
 椿さんも初めてなのだ。
「椿さん……」
「あ、あは、ごめん……泣いていい?」
 返事を聞くことなく、彼女は一気に貫いた。
「うあ゛あ゛ぁ゛ぁあぁぁあっっぃぃいいい゛い゛――」
 断末魔の叫び声に零れる涙。
 一物を包み込む圧力は全体に、そして強烈になっていた。
 正直言って、こんなのが気持ちいいとは到底思えない。
 天に吼えたと思いきやすぐに倒れこんできた。

 スカートを捲し上げていた手を離してすぐに椿さんを抱きしめる。
 痛い痛いとしゃくりあげて泣く彼女を優しく抱きしめて、その背を撫でるしか出来ない。
 この痛みは男には分からない。
 この辛さは男には分からない。
 流れ出た鮮血が二人の間に溜まるのが分かる。
 ああ、畜生。
 こんなものがなかったら、こんなにも苦しい思いをしないで済むのに――
 呪いのようなこんなモノがなければ、こんな表情を椿さんにさせないのに――
 繰り返し繰り返し心で唱え続ける。
 何も出来ない俺の、ただ一つの反抗だった。

 あやすように背中を撫でたり叩いたり。
 息苦しくならないように髪の毛を掻き分けてあげたり、つむじにキスをしたり。
 すでに彼女の愛液で濡れていたメイド服の胸元は流れた涙と鼻水で塗り替えられていた。
 震えるこの少女をどうすれば楽にできるか。
 強く抱きしめられたままでは抜くことも出来ない――いや、多分望んでいないのだろう。
 自意識過剰でなければ、の話だが。
 こんなことなら色々と情報を集めて置けばよかった。
 少なくとも漫画やゲーム以外の、生の情報だ。
 ただ、こうして子供扱いのような状況じゃなくて、もっと男として、彼氏として恋人として少しでも和らげることが出来れば。
 知らずの内にかみ締めた下唇から鉄の味が流れ込んでいた。

 暫くしゃくりあげていた椿さんだが、少しずつだが落ち着いてきた。
「あ、あは……ごめんね……泣いちゃって」
 健気にも謝って来る彼女に何が出来るだろうか。
 ただ俺はありがとうと言うしか出来なかった。

 大分楽になったという彼女を押しとどめてずっと繋がったまま抱きしめていた。
 髪を梳くと頭の悪そうな、それでも笑顔だとはっきり分かる嬉しそうな声が出て嬉しい。
「甘えんぼさんだね」
 くすりと笑う椿さん。
 ああ、今だけは一杯甘えるよ。
 俺にはこれくらいしか出来ないのだから。
 そんな甘ったるい時間をどれだけ過ごしたのか。
 充血していた剛直が次第に萎え始めてきた頃に彼女が動いた。
「うん、もうだいじだよ」
 優しすぎる拘束を解くように半身を起こす。
 見えた結合部は痛ましさしかなかった。

「ん、動ける、っかな」
 ゆっくりと腰が持ち上がる。
 その顔はとてもだいじだと言っていた人間のそれではない。
「無理しないでよ」
「っていうか、んっ、奥が痛いだけかも」
 ずるずると抜けていく感覚。
 ざわざわと背中疼くような快感があった。
 だが射精に至るようなものではない。
 申し訳なさや贖罪のような気持ちが先行して、素直に受け取れないのだ。
 一物が半分ほど顔を出した辺りで表情が緩んだ。
「ん、これくらいなら大丈夫かな……」
 ゆったりとそこを最深点にして動き出す。
 微かに乾いた純潔の証がぺりぺりと剥がれ始めていた。

 セックスにおいて、男は肉体的繋がりを求め女は精神的繋がりを求めるというが……果たしてどうなのだろう。
 こうして微かな女装をしてさも椿さんに犯されているような状況は、その限りではないと思う。
 実際問題、確かに椿さんの膣内にいるだけで快感はある。
 だが、微かに萎えた俺の一物は強張りをしない。
「んっ、気持ちよくない?」
 俺の反応を察してか、動きを止めて椿さんが囁く。
 初体験でどう答えていいのか迷ったが――素直に答えることにした。
 それが俺と椿さんの関係なのだ。
「ぶっちゃけ、そんなに」
 挿入して「なんだこんなものか」と感想を吐く人もいるが、そんな問題じゃない。
「奥まで挿入れたい?」
「いや、そうじゃないんだよ――」

 奥まで挿入れたところで俺の感じる快感は変わらないだろう。
「――なんつーか、な。精神的にこない感じ? 『ああ、俺はいますっげー気持ちイイことしてるぜ!』みたいな感覚がないわ」
 そんな言葉に椿さんは一笑した。
「なんだぁ、一緒なんだ」
 ぬぽん、と一物を抜いて雪崩のように俺の横に倒れこんだ。
 子供っぽい笑顔を浮かべてキスをせがまれる。
「んっ」
 触れ合うだけで満たされる。
 ああ、そういうことなのかもしれない。
 ――俺は、椿さんとすることを望んではいなかったのだ。
「謎が解けた」
「謎?」
 楽しそうに聞き返してくる。
 これだ、これ。この関係。
 俺たちのように、頭がぶっ飛んでるカップルはこうでないと。

「なーんか、俺は椿さんと出来ないのかもなぁ」
「出来ないって、まさか愛が……」
「いや、それはないから」
 ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜてあげる。
 ラブホテルのベッドの上で子供のようにはしゃぐ彼女の耳元で「違う」と呟く。
「好き過ぎて、やばいくらいなんだよ。けれどさ、俺たちって真剣にふざけ半分がいつもだろ? 真面目にやっても無理なんだよ」
 今までの思い出を振り返る。
 例えば放課後にやった校庭3周ダッシュ競争。授業中ノートの切れ端に書き綴った、世界一食べられなくはないだろうけど食べたくない想像菓子パン選手権。朝の誰もいない教室でのエア相撲大会。
 世界で一番馬鹿なカップルだった。
 愛を語った数よりも多く笑いあった。
 互いを卑下しあっても、お互いが好きだからこそ。
 俺は彼女に何回馬鹿と言っただろう。
 彼女は俺に何回馬鹿と言われただろう。
 いつも能天気に笑いあい、たまにいがみ合い、それでも好きでたまらない。
 こういう場でこそ真剣になるべきなのに、それも出来ない。
 そんな大馬鹿者が、俺たちだった。

「つか、俺がペース握られすぎなんだよ、馬鹿」
 額をくっつけあって見つめあう。
「すっげぇ雰囲気作り出して、椿さんは悪魔か何かか?」
「あはは、悪魔教崇拝してるからかな? 今度メイクしてみよっか」
「ばーか」
 お互いに笑い合う。
 箍が外れたように、大きく子供のように。
 けれども触れた額は離さないまま。
「勝手に俺の上でオナるなよ?」
「勝手に射精しないでよ?」
「勝手に膜破るなよ?」
「勝手に結論出さないでよ?」

 お互いに低レベルの言い合い。
 それこそが俺たちの空気、雰囲気、距離、感覚、境界、気持ち。
 ああ、畜生。心地よすぎる。大好きすぎる。
「ああ、もうやめだやめ。今日はセックス禁止な!」
「えー、そんなー」
 批難の声なんて聞かない。
「膜破って、互いに一度イってるんだからおっけー、完璧。パーフェクト」
「言葉にすると味気ないね」
「言葉っつーのはそんなもんだ。強いて言えば椿さんが急にSになって俺の上にまたがり自慰行為を見せてくれたくらい?」
「そうしたら触っていないのに誰かさんは射精しちゃったよね」

 互いに黙り込み、ただ見つめあう。
 くすぐったい空気がまとわり付くこのラブホテルの一室。
 無機質なエアコンの音。
 バラエティに富みすぎた衣装の数々。
 無駄に大きいベッドや、ガラス張りの浴室。
 洗剤の匂いが強いシーツや枕。
 額をくっつけあい、互いの呼吸を間近に感じていた。
 そして、どちらからともなく離れた。

「畜生、ノーパンで変えるしかないか」
「あはは、派手に中で射精してたもんねぇ」
「そういう椿さんは――って替え持ってるの?」
「だよー。念のため持ってきておいて良かったよ」
「うらっ、よこせっ、そいつをよこせー!」
「あー、ダメだって、スカートなんだからノーパンはダメ!」
 そんな風にじゃれ合いながら俺たちは初体験のホテルを後にした。

「ぶたのいでつくられたしきゅうのなかにー」
 テンションがいつも通りになったのか、気分よさそうに俺の横で椿さんが歌いながら歩いている。
 女の子が口ずさむ歌として非常にどうかと思うが、椿さんならそれもいい。
「あくまのくにのおうじがやどるー」
 俺も一緒になって歌いだす。
 色取り取りの光が輝く繁華街を二人して。
「「だみあーん!」」
 二人して台詞が重なる。
 ここまで出来るようになったとは、俺も椿さんに毒されているようだ。
 頭の中で壮絶なギターソロが鳴り響く。
 きっと、椿さんも一緒だ。
 流石に往来の激しい街中でシャウトはお互いに自重して、その代わりに笑いあった。

 これが、俺と椿さんの初めての話だ。

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