[-越智木高等学校第二文芸部 -26-]

htmlで表示しています。

 守りたいものがある、そう言って宇都宮先輩は早足で出て行ってしまった。
「全く、冬子もやーも意地っ張りなこった」
 タケ先輩は顔を崩して力なく笑って言った。それで一気に緊張の糸が緩み、口々に重い息を吐き出した。
「あの、健之さん」
「春? 何?」
「二文がなくなるかも、ってどういう事なんですか?」
「そりゃあ、冬子が言った通りだよ。ま、なくなるってのは大袈裟だけどね」
 そう言ってタケ先輩は優しく微笑んだ。やはり、この人の笑顔には惹きつけるものがあった。
 しかし、大袈裟としても二文がなくなるとはどういうことなのだろうか。僕が疑問に思っていると、タケ先輩は続けて口を開いた。
「ま、この社会化教室が使えなくなるってところだよ」
 合点がいった。そういうことだったのか。
 しかし、都賀先輩は更に嫌疑の表情を強めた。
「そうですか。それだけなら宇都宮先輩がどうしてあれほど怒るのか少し分かりませんが」
「それは――」
 一瞬だけタケ先輩が口篭る。その隙を狙ったのか、耶弥先輩が代わりに答えた。
「春ちゃん。春ちゃんは昔からいないから、分からないことだよ。これはね、私達と先輩達の話だから」
 そう言って、耶弥先輩はタケ先輩にもたれかかり、目を閉じた。これ以上言うことは無い、という事だろう。それとも眠いのかもしれない……耶弥先輩ならあり得そうだ。
 空気が重くなりかけたが、タケ先輩が察してかわざとらしいくらいに明るい声色を使って会議の続きを促した。
「で、何かやりたい事なければ今年の活動計画はこれで決定するけど、いいかな?」
 一人一人に目を配らせていくが、誰も手を上げない。それを見てタケ先輩は一度頷いて、会議を締めた。
「それじゃ、今年度の活動計画はこれにて決定。冬子の言っていた事については、まぁ善処はするよ。俺たちは、決して家畜のように座して死を待つ事しか出来ないわけじゃないんだからね。それじゃ、月例会頑張って」
 その言葉の言わんとしている事ははっきりと分かった。はっきりと意志を持った人間は強い。タケ先輩は善処という一見優しそうな言葉の次に家畜と言ったのだから、その意志は強いだろうし、そう言えたタケ先輩も強い人なのだろう。
 それからは三々五々、好きに過ごしていた。相変わらず耶弥先輩はタケ先輩に寄りかかって寝てるし、タケ先輩は勉強しながら時折彼女の頭を撫でていた。都賀先輩は校則違反の髪の毛を弄りながら月例会の過去分を読んでいる。慶介さんはただ文庫本を読み耽っていた。僕はというと――する事がないので寄稿用の原稿について考えていた。
 悲しくなる程につまらない作業――そう、作業だ。創造や創作ではなく、淡々とこなさなくてはならない事の連続。この前は喧嘩を売るという目的があったからモチベーションが保てたものの、今回はそれさえない。しかし、それでさえ黙々とこなすから作業と言えるのかも知れない。機械のように従順に、そして意志を持たずに。
 プリントアウトした原稿にいくつものチェックと書き足す部分を加えては全体の量をチェックしていく。構造の抑揚の緩急の――ありとあらゆる自分の持てる技巧と技術、経験を無駄に費やしていく。
 それだけで、時間も無駄に過ぎていった。やはり――楽しくはなかった。

(C)啓  無断転載、引用はご遠慮願います。