[-越智木高等学校第二文芸部 -25-]

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 二文が、潰れる。宇都宮先輩の放った言葉で少なくとも都賀先輩と慶介さんの顔に緊張が走った。タケ先輩はやけに涼しい顔をしていたけど、眼光は鋭く尖っていた。
 一方の僕は入会して数日という事もあり、どういう状況かあまり掴めない。同好会がなくなっても人が居なくなるわけではない、そういう楽観していた。
「冬子先輩、それって本当ですか?」
 都賀先輩が聞く。
「本当……かどうかは分からないわ。けれど、なくなる可能性は高いわ」
「どうして――」
「どうしてって、分かるでしょ? まともな活動してるわけじゃない、二番煎じの同好会よ? これ以上は春なら分かるでしょう?」
「……」
 言い返す言葉がないのか、都賀先輩は俯いて黙ってしまった。
「で、耶弥はどうするつもりもないのね?」
「とーこ、私は偽善者じゃないよ」
「耶弥ッ……貴女って人は」
 それ以上は何も言える事が無いのか、宇都宮先輩は手を放した。襟を放された耶弥先輩は大きな音を立てて椅子に落ちて、でも張り付いたような優しい顔をして座りなおした。
 宇都宮先輩は僕達を見回して、それから大きなため息をついて僕の隣に座った。机に肘を突いて両の指を緩く絡ませる、あの独特のポーズをして。
「健之は知っていたの?」
 剣呑な雰囲気から打って変わって、刺々しさも荒々しさもなくなった言葉が宇都宮先輩の口からこぼれる。
「うん。知ってた、と言うよりは知らされていた、かな」
「そう……茶番ね」
 再び大きなため息が宇都宮先輩から漏れる。その表情は悔しさを噛み締めているような、今まで見てきた気丈な宇都宮先輩の表情とは合致しない、そんな顔をしていた。宇都宮先輩は本心から、二文を無くしたくないのだろう。自然とそう思えた。
 沈黙が社会科教室に鎮座した。誰も口を開こうとしない。耶弥先輩はにこにことしている。タケ先輩は澄ました顔で窓の外を見ていた。慶介さんと都賀先輩は俯いていて、その表情は良く見えない。
 そんな中、僕はと言えば何をしていいのかさっぱりで、居心地の悪さからきょろきょろと視線を動かしているだけだった。
 どれ位時間が経ったのだろうか。少なくとも秒針が二回りするには十分な時間があったと思う。沈黙を破ったのは、やっぱり宇都宮先輩だった。
「文芸部に戻るわ……」
 入って来た時とは反対の気だるげな動作でのそりと立ち上がる。その姿を全員が――いや、耶弥先輩とタケ先輩だけは見向きもしなかった――目を向けていた。少しずつ遠ざかる背中には、最初に感じた凛とした雰囲気が一切無かった。哀愁を誘うようなわけではない。ただ、弱さの様な物が見えたような気がした。
 あと数歩で社会科教室から出る、という所でタケ先輩が口を開いた。
「……冬子」
 ただ、視線はまだ窓の外を見つめたままで、その横顔はさっきとは違う真剣さががあった。
「何よ」
 宇都宮先輩も振り返ることなく、片手を扉の取っ手にかけたまま立ち止まった。
「二文、残したいのか?」
「……ええ、そうね」
「冬子は、さ。二文の何を残したいんだ?」
「……」
 宇都宮先輩の言葉が止まった。都賀先輩と岩舟先輩は息を呑んで宇都宮先輩を注視していた。張り詰めた空気に、僕も固唾を呑むしかなかった。
「残したい物なんて……一つもないわ」
 ゆっくりと、一音一音確かめるような声。
「でも、守りたいものがあるのよ」

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