[越智木高校第二文芸同好会-19-]

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 暫くしてから部長さんが来て、部室の中に通された。昨日と同じ席で向かい合う。時間以外を再現したかのようだ。
「今日原稿持ってきてる?」
「ありますよ」
 手に持っていた物と鞄の中に入っていたものを出して机の上に置いた。
「うん、ありがとう。これ文芸部で預かってもいい?」
「構いませんが、両方、ですか?」
 部長さんは頷いた。片方――昨日冬子さんに見せた原稿なら分かるが、どうして二文に入るきっかけとなったものまで必要なのか。僕にはさっぱりだった。
「ありがとう、後で返却するね。それで今日呼び出したことなんだけど、大平下君は手書き派――ではないよね。これを見れば一目瞭然だけど」
「はい」
「だよね。もう書きだしたりしてる?」
「いえ、まだ構想段階ですよ」
 一晩で書きだせたらどんなにいいことか。考えるだけで一晩使ったのだ。
「締め切りまでに間に合いそう?」
「そうですね……間に合わないことはないと思います」
 見据えるような瞳を見つめ返して答えた。
「そう。それで安心したわ。間に合いさえすれば、大平下君のは校正するだけだからもうちょっと伸ばしても良かったんだけどね」
「校正だけですか? てっきりプロット段階からの見直し修正とかするものばかりと思ってましたけど」
 編集者っぽいことでもされると思っていたのだが、見事に肩透かしだった。
「そんなこと寄稿にしないよ。勿論、倫理的に危ないことがあれば別だけどね。流石に発禁には出来ないから」
「ああ、それは大丈夫です」
 発禁させるような話は書かないはずだ。だから僕は大丈夫。
「それなら大丈夫ね。後は何か質問ある? 無ければここで作業していってもいいし、帰ってもらっても構わないけど」
 暫く悩んだが結局質問が出るわけでもなく、大人しく帰らせてもらうことにした。質問が浮かべばその都度メールでもすれば良いだけの話だ。帰り際、やはりあの眼鏡の男子に睨まれた気がするが気にしないで退室した。
 解放されて、さあ帰ろうかと思ったが社会科教室に寄ってみることにする。まだ入学して間もないから少しだけ人恋しかったからだ。
 都賀先輩は居るだろうと思っていたが、社会科教室には何故か二文のフルメンバーが揃っていた。昨日居なかった岩舟慶介先輩も居て、軽く自己紹介をした。間々田先輩から聞いてはいたが、本当に文化部かと思えるほどの身体つきの良さだが人の良い笑みを浮かべる可愛い人だった。
「時に大平下君、ここは会員の親睦を深めようじゃないか」
 間々田先輩が言い出して僕を囲まれるように先輩たちが群がった。
「第一回大平下伊織君の呼称会議、議長の間々田健之です」
「書記の都賀春です、よろしく」
 葛生先輩は間々田先輩に引っ付いて何もする気がなさそうだ。それにしても都賀先輩は案外ノリが良い人のようだ。
「んで、だ。正直言わせてもらえば大平下なんて噛みそうなのであだ名を考えたいんだ」
 なるほど。確かに小学中学と長い苗字のお陰でいろいろあだ名が付いた。自分自身、大平下という苗字は長いので言い難い。
「議長の俺は可愛くいおりんと統一したいが、如何だろうか」
 全員が首を横に振った。寝ている葛生先輩は数に入っていなかった。

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