[越智木高校第二文芸同好会-10-]

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「大平下君は蓬田先生って知ってる?」
 都賀先輩の声にはっとして振り返る。
「え、いや、全然……です」
「あれ、確か蓬田先生って一年の担任になったんだけどなぁ。別のクラスか。まぁ、若い男の先生なんだけどね、その先生がさっき言ったように、校則違反になるから飛び切りダサくしてあげる、とか言って三つ編みにしたの」
「そうなんですか」
「うん、だから気にしないでいいよ」
 都賀先輩はまた笑った。
「ああ、そう言えば入会届けまだだったよね。ちょっと待ってて」
 葛生先輩はそう告げて隣の社会科準備室に入っていった。取り残されて少々居心地の悪い空気が流れる。やはり初対面だからだろうか。思い返すと葛生先輩や間々田先輩の時には感じられなかった。やはり、さっきの事が尾を引いているのだろう。どうしたら良いのか分からず、机に鞄を乗せて窓の外を眺めていた。
「そう言えばこれ読んじゃった。悪かったかな」
 わざわざ僕の隣までやってきて紙の束を渡してくる。昨日ここに忘れた原稿だった。
「あ、大丈夫ですよ」
 差し出された原稿の表紙を眺めてから鞄に仕舞った。きっとこれの出番は殆どないだろう。
「感想とか聞かないの?」
 疑問を素直にぶつけてくる。それが少しだけ心地良かった。
「ええ、見せるべき人に見せたので」
「そっか」
 それだけ言って都賀先輩は自分の席に戻っていった。暫くして入会届けと思われる紙を持って葛生先輩が戻ってきた。
「お待たせ。学年、学級、名前を書いてくれれば大丈夫だから」
「はい」
 筆記用具入れから黒のボールペンを出してさらさらと書き込む。一年四組、大平下伊織、と。書き終わって確認してから葛生先輩に差し出した。
「……うん、大丈夫。それじゃ今日から晴れて二文の一員だね。改めて第二文芸同好会、会長の葛生耶弥です、よろしくね」
 差し出された握手に答えて頭を下げた。
「二年で副会長の都賀春。よろしく」
 これもまた握手に答える。昨日の間々田先輩といい、握手が挨拶なのだろうか。疑問が頭を掠めたタイミングでその人が教室に入ってきた。
「お、両手に花か。いいことだ」
 不穏当な言葉を言いつつ状況を察したのか、歩み寄ってきて挨拶を交わす。
「三年、間々田健之だ。よろしくな」
 握手を求められて、一瞬だけ止まった。差し出されたのが左手だったからだ。慣れない左手で手を握る。浮ついた感触が奇妙だった。
「タケだタケだー」
 葛生先輩は昨日と同じように一気に腑抜けて間々田先輩に抱きついた。やはり、と勘繰るまでもなく二人はそういう関係なのだろう。慣れた事なのか都賀先輩も何も言わずに少し呆れていた。
 と、間々田先輩は葛生先輩を剥がしつつこちらを向いた。
「そうそう、大平下君、聞いたぞ」
「え、何をですか?」
 はっきり言って何も覚えがない。やんちゃをしたことも問題を起こしたこともないはずだ。
「文芸部のスカウトを蹴ったんだってな。冬子から聞いたよ」
「スカウトって、そんな大袈裟な」
「大袈裟になるんだな、これが。冬子が二回も勧誘したって話だろ? 前代未聞じゃないか」
「だから大袈裟ですよ」
「だって、二回もだぞ? あの冬子が。春もそう思うよな?」
「まぁ、読んだ感じではあちらに欲しい人材かもしれませんね」
 と、そこまで言って割り込んだ葛生先輩が空気を断ち切った。
「読んだって、さっきまで読んでたつまらないやつ?」
 それだけで空気はきっぱりと変わった。都賀先輩も間々田先輩も納得顔になった。
「ああ、なるほど。そうなのか」
 二人共同じ内容を呟いた。

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