[越智木高校第二文芸同好会-9-]

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 金曜日。決戦は――なんて曲があったが僕は悪魔教崇拝者なのでどうでもいい。夢が叶うよりも蝋人形にされたいと思うのは多分この学校で僕くらいだろう。
 未だに空気が硬いクラスメイトたちへの挨拶もそこそこに終業のチャイムと同時にそそくさと社会科教室へ向かう。一年の教室から渡り廊下を伝って特別教室棟に向かう。自然と文芸部室の脇を通ることになる。未練なぞ毛の先ほどもない。だから素通りする気で居たのだが――
「あら、大平下君じゃない」
 ――呼び止められた。声の主は文芸部長さんだった。部長さんも終業と共に向かってきたのか、鞄を持っていた。
「あ、どうも」
 話す話題なんてないし、そもそも面識さえ二度あった程度だ。ここは軽く挨拶程度で別れるだろう。そう思っていたが裏切られた。
「今更だけど、やっぱり文芸部に来ない?」
「……えっと、昨日断ったはずですが」
「ええ、そうね。でも昨日と今日は違うわ。人の心は移ろい易いもの、と言われているからね」
 眼鏡の奥の冷たさがふっと緩む。それだけで印象ががらりと変わる不思議な人だった。
「それはそうですけど、でも僕の心は変わりませんよ」
 いつの間にか文芸部室の前で向き合って話していた。
「そう」
 一瞬だけ表情に影が差した。それは本当に一瞬の事で、次の瞬間には優しい笑みに変わり意表を突かれた。
「惜しいわ、全く」
 笑顔には似合わない言葉に困惑してしまう。疑問が口から零れ出そうになったが慌てて飲み込む。何となくこの笑顔は危険な気がしたのだ。
「――ありがとうございます。それじゃこの辺で」
 軽く会釈してすぐ近くの階段をいつもより早く下った。背中に視線が突き刺さってそうで振り返ることが出来なかった。
 社会科教室の扉を開けるとそこには既に葛生先輩の姿があった。その横に見知らぬ女子生徒もいた。多分二文の人なのだろう。丁寧に編まれた三つ編みが一本、尻尾のように背中に垂れていた。現役高校生としてどうなのだろうかとも思える。
「こんにちはー」
 とりあえず挨拶をして入ると葛生先輩は声を出して迎え入れてくれた。横の三つ編みさんはこちらを向いて優しく微笑んで会釈をしてくれた。
「春ちゃん、この人がさっき言ってた新入部員ね」
 紹介されたので名前と学年を言って頭を下げた。
「私は都賀春、二年ね」
 簡潔な自己紹介と教科書のようなお辞儀。育ちがいいのだろう。少々無愛想な気もするが初対面なんてそんなものだ。僕も多少固くなってるところもあるし。
「だけど、春ちゃんのこの三つ編みダサいよねー。ね、大平下君」
「へ?」
 急に振られてもなんと答えればいいのやら。女子の髪の毛の話は否定するものでもないという最低限の認識はあるものの、紡ぎ出す言葉が見つからない。慌てて言った言葉がこれだ。
「古き良き日本、って感じでいいと思いますよ」
 その答えに都賀先輩は声を上げて笑った。葛生先輩は苦笑を浮かべ、僕の肩に手を置いて囁いた。
「大平下君、それって単に古臭いって言ってるのと一緒だよ」
「あ」
 その通りだ。思わず心の中をぼやかして言ったようなものだ。見苦しい言い訳も出来ずに凍りついた苦笑を貼り付けるしか出来なかった。都賀先輩を直視できなくて、ちらりと横目でのぞくと嫌な顔はしていなかった。
「ま、確かにダサいからね。仕方ないか」
 自身の三つ編みを右手で弄りながら都賀先輩は呟いた。それから本来は三つ編みなんかにしていないと語った。
「蓬田先生がね、『髪長すぎるから校則違反だ』って、勝手にやったの」
「あぁ、蓬田先生ならやりかねないね」
「ですよね」
 女子二人は笑いあったがこちらの心臓は早鐘のままだ。気にしなかったというよりも許されたような感覚。やってしまったという罪悪感が心に居座っていた。

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