[越智木高校第二文芸同好会-7-]

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 ようやく顔を上げて声を掛ければ、頬杖をついて眠りこける葛生先輩がいた。日が沈むのは廊下側だから、残念ながらこちらに斜陽が差し込むことはない。窓から見える朱が入り混じった色合いと下がり始めた室温で夕暮れだと分かる程度だ。
「――先輩、起きて下さい」
 知り合って二日目という日の浅さでは触られるのを嫌がられるかもしれない。声だけで試みるが先輩は少し唸った程度で起きる気配が無かった。
 どうしたものかと思案始めたところで扉が開かれる音がした。一瞬硬直してそちらに振り返ると少々制服を着崩した男子が立っていた。
「お、新入会員か」
 小ざっぱりとした髪は手を加えていないのだろう、女子からは羨ましがられそうなストレートだった。身長は高くないだろう、僕と同じくらいかそれ以下。
 躊躇もなく歩み寄ってきたその上履きは青色のラインが入っていた。葛生先輩と同じ学年だ。
「こいつ……また寝てるのか」
 呆れた表情はドラマの演技を見ているように似合っていた。ため息交じりの言葉を呟き、おもむろに右手を振り上げる。
 振り……上げる?
「起きろコラ」
 ばちん、とその右腕で葛生先輩の頭を叩いた。音と勢いは殆ど容赦がなかった気がする。葛生先輩は小さな悲鳴を上げて目を白黒させた。しばらく叩かれた箇所を押さえて呻き、暫くしてようやく叩いた張本人を見た。
「う、タケかぁ」
 その声色は僕と話していたときとは違う。親密さや愛情が入っているのが分かる、丸みを帯びていた。
「おう。んで、やーは何寝てるんだ?」
「え、あ、私寝てたんだ」
 急に視線を向けられる。それに僕は苦笑いを返すのが精一杯だった。
「あはは、ごめんね。私ってすぐに寝ちゃうから」
「寝すぎで馬鹿になったんだっけ」
「うん、そうなの」
 男の先輩の言うことに反論もしないで頷く。丸みを感じた声色だが、どことなく頭が弱そうな印象が強くなってきた。
「こいつ、相当寝ぼけてそうだな……あぁ、俺は二文同好会長世話係の間々田健之。よろしく」
 自然に差し出された右手を一瞬だけ見つめ、自分の名前を名乗って握手した。
「大平下伊織君、ね。もう入部届けは書いた?」
 いつの間にか幼い子供のように間々田先輩の腕に葛生先輩がぶら下がっていた。慣れているのか、間々田先輩は何の反応もしていない。
 首を横に振って答えると間々田先輩は嘆息して葛生先輩の横に腰を下ろした。葛生先輩はというと、「膝枕だー」と言って猫のように眠り始めていた。
「やーはこれが通常だから気にしなくていいよ」
「やー?」
「あだ名だよ。と言っても呼ぶのは俺だけしかいないけどね」
「はぁ、そうなんですか」
 ここ最近は気の抜けた声を出すのが多い。よく分からない状況に放り込まれる事が多いせいかもしれない。
「それで何か読んでいたようだけど――これはやーのか」
「はい。純粋の意味が分かると言われて読んでいたんですが」
「純粋? 全く、やーも分かり辛い言い方するよ。読んでみた感想はどう?」
 苦笑なのか失笑なのか分かり辛い表情を作って聞いてくる。
「ええと、ちょっと気味が悪いですね」
 一瞬だけ躊躇したのはそのまま伝えていいのか迷ったからだ。ここは褒めておくべきだっただろうか。
「客観的に見て、どう思う?」
「客観的、ですか?」
「それがダメなら穿った見方でもいいし、事細かに分析してもいいけど」
「分析、ですか」
 鸚鵡返しに呟いてからもう一度バインダーに収まって広げたままの原稿に目をやる。穿った見方でもいいと言っていた。無理やり見る、と言うことだろうか。
「素直になれない寂しがり屋は、自殺をして本格的に一人になってしまった。彼はそんな状況を周りの環境のせいにしなかったから内に溜め込み、不の螺旋に陥った。一本でも外に向ける状況があれば彼の人生は一変していただろう。現代におけるコミュニケーション不足を揶揄した、風刺でもある。……というところですか?」
「あはは、随分と強引に出したね」
 明確に分かる苦笑の表情。でもどこか満足そうだ。
「これもやーの純粋ってヤツなんだ。未完成のような匂いがあって、読み終わってもしっくりと来ない。何を言いたいのか分かり辛い。ま、それも当然だ。何も考えてなかったんだから」

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