[越智木高校第二文芸同好会-6-]

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 毎週月曜金曜に集まるけど、たまに集まる日があると言っていた。今日は木曜だから居るかどうかは分からない。居なければ明日来ればいいという気持ちでそのドアを開いた。
 中に居たのは葛生先輩だけだった。少々厚めのバインダーを机に置いて読んでいたのだろう。先輩は僕を見ると柔らかい笑顔で迎えてくれた。
「大平下君いらっしゃい。入部――入会でもするの?」
「あ、はい。さっき文芸部を断ってきました」
 返事をしながら葛生先輩の対面に座った。それが自然であるかのように葛生先輩は嫌な顔一つせずに受け入れた。
「断った?」
「誘われたんですけどね、きっぱりと断りましたよ」
「誘われたなんて結構な名誉だと思うよ。ここよりもお金はあるし、指導もしてくれるしね」
 返事の変わりに持っていた原稿をバインダーの上に置いた。
「これで誘われました」
「読んでも?」
 言いながら読み始めた先輩に頷いて僕は代わりにさっきまで先輩が読んでいたバインダーを読み始めた。表を見ると前年度の十二月月例会のものらしい。
 中身は雑多だ。数枚で終わるような短編もあれば、数十枚も書かれたもの物まである。その中で僕は唯一知っている葛生先輩が書いた物を選んだ。冒頭の一行は「人は頼りにならない」とだけ書かれていた。
 表面上は人付き合いがいいと言われる男。だが、本心ではパーソナルスペースは大きいことを自覚している。体裁を取り繕う日常と部屋の中で陰鬱と塞ぎ込む日々が書き込まれている。誰とも付き合うことなく生きることは出来ないと理解しているが、割り切れずに一人で悶え苦しむエゴとの葛藤。どうすれば救われるのか、それを考え始め――
「――読み終わったよ」
 物語が終盤に差し掛かったところで先輩は口を開いた。
「どうですか?」
「うん、これはつまらないね」
 文芸部長の言った通りだった。
「やっぱり分かりますか?」
「昨日読んでいたからね。初見じゃ判断難しいかもだけど、でもこれは文芸部向きかな」
 僕の思っていたことをずばりと言ってくれる。見抜かれていた。
「でも、二文に入りたいってことは純粋に書きたかったのかな」
 また純粋だ。青臭さの塊を隠さないようなものだ。
「純粋に、ですか? そういうのは意識したことが無いですけど」
 僕の言葉に答えてくれると思いきや、先輩は困惑顔になった。
「意識? ……ああ、純粋ってそういう意味じゃないかな。ストレートに書く、なんて事じゃないよ」
「それじゃ、どういう意味です?」
「そうだね、説明してもいいけど……丁度バインダーもあるし、読んでみれば分かるんじゃないかな。あ、これは私の書いたやつだね、最後まで読んでみてよ」
 頷いて僕は先を読み始める。
 自身が救われる方法を考えつつ男は普段の生活に戻る。最低限の愛想笑いを浮かべ、面白くも無いのに笑い、体裁だけを取り繕って再び布団の中で苦しむ。どうして人を避けたくなるのか。どうして避けられないのか。考えれば考える程どつぼに嵌り抜け出せなくなる。そして、結局考えることを止めた。眠れない夜を過ごすのならば、いっそ切り捨てる。何度も思ってきたことを今度こそ行動に移した。つまりは、命を断ったのだ。それで話は終わらない。公園で首を吊った後、病院に搬送され、霊安室に置かれ、死亡証明書が発行され、家に安置され、葬儀がなされ、火葬をされ、四十九日の法要がされ、一年、三年、七年と法事が進む。淡々と忘れ去られてゆく。いつしか墓参りに来る者もなくなる。いつしか墓は崩れ、忘れ去られる。そうしてようやく、一人になれた。
 なんとも後味の悪いと言うか、読後感が暗い。明確なメッセージが読み取れないこれはどうなのだろう。端的に言えば、これは一人の男の末路を描いただけ。それ以上はない気がする。
「先輩――」

(C)啓  無断転載、引用はご遠慮願います。