[越智木高校第二文芸同好会-1-]

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 桜の舞う四月。入学式で浮き足立った日々が少しだけ落ち着き始めた頃、それは唐突に告げられた。
「――残念だけど入部は諦めて」
 微かに傾き朱色が混じり始めた日差しに、図書室隣の部屋の前でその人の眼鏡が光った。図書室からの小さな物音と部屋から聞こえる、これもまた小さな物音。グラウンドの運動部がランニングでもしているのか良く通る声で数を合唱していたが、そんなものは耳に届かなかった。目の前に突きつけられた現実に脳が上手く働かない。
「ウチも人数が多くなったせいで誰も彼も入部と言うわけには行かないのよ」
 数枚の紙の束を目の前に突きつけて冷たく言い放たれる。そんな、と口を開いたが声にならなかった。たった一枚の薄いレンズ越し見た、見下したような眼光に怖気付いたからだ。
「はい、次は――」
 冷静に、何事も無かったかのように違う名前が呼ばれる。それはもう話すことが無いと態度で表されていた。反論の余地もない。もし反論したところでここに集まった十数人に睨まれていただろう。そう思うとぞっとして、とぼとぼと自分の教室に向かうため歩き出した。左手に持った紙束をくしゃくしゃにして捨ててしまおうかと思ったが、結局それは出来ずに折り目を付けぬ様にしっかりと持っていた。
 特別教室棟から一般教室棟へと続く渡り廊下に差し掛かった所で俯いていた視界に影が差した。
 ああ、人が居たのか、避けて通らないと。自然と右に避けると影も右に動く。今度は左に避けるとそれも左に避ける。虐めなのかと少し視線を上げると青のカラーが入った上履きが見えた。
 更に少し上げると校章のワンポイントが入った白いソックス。健康的な膝から太ももが見えたところで目の前の人が女子だと分かった。
「ね、君」
 声を掛けられてようやく徐々に上げていた視線を顔ごと上げて声の主を直視した。夕日に変わり始めた日差しのせいか、若干紅潮しているようにも見える肌は元々肌の色が濃いのだろうか、健康的な色と艶を持っていた。
 短めに切りそろえた髪に少々釣り上がった目は切れ長で、同じ年代とは思えない大人びた雰囲気を出している。少し――潰れたと言えば語弊がありそうだ――丸みを帯びた鼻は愛嬌があるが目とは不釣合いな感じを受けた。熟した林檎の様に発色している唇は色つきのリップでも使っているのだろうか。それが笑みの形に曲がっていて僕を見ていた。
「僕、ですか?」
 情けない声が出た。最初に確認した上履きの色で最上級生と分かっていたから、下手に出るのは当たり前と言えば当たり前だった。
「その、持っている紙って原稿?」
 その、と左手に持っていた紙を指差してくる。妙に決まっているのは雰囲気のせいだろうか。はい、と返事と共に頷くと彼女は見せてと言ってきた。
「はぁ、良いですけど、もしかして文芸部の方ですか?」
 早速目を通し始めた所悪いとは思ったが、疑問を解消することを選ぶ。
「――うん? 私?」
「はい」
 彼女は声を出して笑うと首を横に振って答えた。
「私は文芸部じゃないけど文芸部かな」
「……なんですか、それ」
「答えるのは読んでからでいいかな?」
 頷くと彼女は渡り廊下の壁に寄りかかって再び読み始めた。読んでいる人を見つめるのも悪い気がして、僕は手持ち無沙汰に窓から夕日を眺めた。
 高校を囲む住宅街に夕日が隠れて蛍光灯に明かりが灯るとほぼ同時に「読み終わったよ」と声が掛かって改めて彼女の方に身体を向けた。
「これ、文芸部から落とされたでしょ」
 返された原稿を再び指差してくる。
「……はい」
 痛みを抉られた様で返事をするのに時間が掛かった。彼女はそんな僕の様子を無視して話を続ける。
「それじゃ、君の質問に答えるね。私は第二文芸部の部長なの」
「第二……文芸部?」
「そう、第二文芸部」
 自信満々に彼女は答えたのだ。

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