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真夏の高い空に僕の声が通る。
じりじりと肌を焼く太陽。
目の前に広がる、背の高い向日葵畑に反射して思わず目を細める。
僕はがんちゃんを探していた。
「なー、向日葵畑って知ってるか?」
夏休みの夏期講習中にがんちゃんがそっと僕に聞いてきた。
社会教諭の催眠授業をそっちのけで僕は耳を近づける。
「向日葵畑?」
「そ、もうすっげー量の向日葵なんだとさ」
「へぇ」
相変わらず教諭は黒板に向かいっぱなしで板書と教科書朗読をしていた。
「でも、がんちゃんってそういうの興味あるの?」
「ん? あっちゃ悪い?」
「そうじゃないけどさー」
開けっ放しの意味がない、無風の窓を一度見て、下敷きでうちわを作る。
「俺は地味に地元観光マニアなんだぜ?」
「うわー、地味だよ。まずその格好から直してさ」
がんちゃん、岩崎元雄というフルネームだけど、小学校からの付き合いで僕はがんちゃんと呼んでいる。
帰宅部のくせに無駄にガタイがよくて、ちょっと硬派な不良っぽい外見。
時代遅れという言葉がまるまる当てはまる人だ。
「格好は関係ないだろ。こう育っちゃったんだから」
「イメージ通りとはいかないよねぇ」
「そりゃそうだろ。これで俺が番長だったら笑えないし」
「いや、番長でしょ」
がんちゃんは無駄に正義感溢れていて、よく学生間の喧嘩に仲裁に入ってる。
興奮した学生ががんちゃんを殴っちゃって……その人はボコボコにされたらしい。
そんな経緯から、地味に怖がられてたり頼られてるのだ。
下級生はがんちゃんが番長だと信じてる人もいるくらいだし。
「まあ、それはおいといてだな――向日葵畑、行こうぜ?」
「行くって、今日?」
「ああ」
「どこなの?」
「大平だから……まあチャリでいけるわ」
「そっか、それじゃ付き合うよ」
がんちゃんはテンション上がったのか、小学生みたいに畑に突っ込んだまま帰ってこない。
僕は無断で入るのもどうかと思いここにいてがんちゃんを探してるのだけど――見つからない。
溶けてしまいそうな気温から逃げるように、一本の木陰へ移動した。
ここからなら畑を見渡せるし、涼しいし一石二鳥だ。
幹にもたれかかるように腰を下ろして周りを見渡す。
二方を木々に覆われ、一方は農道、もう一方は民家に囲まれた、小さな向日葵畑。
喧しい位の蝉時雨と風の囁き。
民家から聞こえてくる甲子園中継。
見上げれば真っ青な空と白い雲。
西に入道雲が発達している、まさに夏の光景。
見下げれば視界を覆うくらいの黄色と緑。
これでがんちゃんが行方不明じゃなければ、とても平和だ。
二人分の冷たい紅茶のペットボトルが入ったコンビニ袋を掴み、一つ取り出して喉を潤す。
ささやかな苦味と、すこし舌に残る甘さ。
実にジャンクだ。
「暑いですねー」
「へ?」
声が振ってきたと思ったら、隣に誰かがいた。
「あは、驚きました?」
見やると、薄緑のワンピースと麦藁帽子の似合う少女が立っていた。
年は僕よりも下だろうか。
ただ、その光景は息を呑んでしまう。
顔が特別整っているわけでもない、化粧がすばらしいでもない。
高そうな洋服やアクセをつけているわけでもない。
だが、そのままの姿が一番しっくりくる――きすぎていた。
「あ、ああ。大丈夫」
なんとか声を捻り出す。
僕の葛藤を知らずか、彼女は鈴を転がすような声で話しかける。
「向日葵、お好きですか?」
微笑みを向けられて思わず俯いてしまう。
「そ、そうだなぁ。嫌いじゃないけど、特別好きってわけでもないかな」
「あは、嫌いじゃなくて良かったです」
こんどは満面の笑みを浮かべ、ふわりと僕の横に腰を下ろした。
ニコニコと文字が見えそうな表情をして目の前の黄色の海を見つめる。
そんな彼女を見てて、自然と口が開いた。
「向日葵、好きなの?」
「はい、好きですよ」
「へぇ、どんなところが?」
「私、夏生まれなんです」
「……へ?」
「はい?」
ちょっと待て、そこからなにかエピソードが出るんじゃないか?
そうじゃないの? ねぇ、そうだといってよ!
とは流石に初対面で言えない。
「あの、それだけ?」
「それだけじゃだめなんですか?」
「いや、ダメってことはないけど」
アイスが好きな理由が冷たいからって人もいるくらいだ。
それはそれでいい気がしてきた。
でも、でも、僕の血が騒ぐ。
恐らくこの子は 天 然 だ。
「でもさ、向日葵って特別じゃない?」
「特別、ですか?」
「ほら、例えば太陽に向かってぐんぐんのびるところとか、一直線な生き方で感動するとかそんなことは?」
「うーん、桜草だって屋久杉だって太陽を向きますよ?」
「そうじゃなくてだなぁ」
ってか、そのチョイスはないだろ。
とはやはり言えなかった。
「他にもさ、暑さに負けずに大きな花を咲かせるとか」
「それならラフレシアだって熱帯の気候に負けずに大輪の花を咲かせますよね」
だからそうじゃないって!
言わんとしてることに気づいて!! お願い!
「じ、じゃあさ、他にどんな花が好きなの?」
「うーんそうですねぇ……サルスベリ?」
だからそのチョイスはねぇよ!!
しかも夏の花だからオチ読めるし!
「じゃああなたはどんな花がお好きですか?」
「僕? そうだねぇ……僕の横に咲いている、可愛い花かな」
「あはは、嬉しいです」
だから、それでなんで邪気のない笑みが出るんだよ!!
笑いの方向が違うべ? なぁ、違うべ?
しかもこれじゃフラグ立ってるのかも分からない――ってか頭沸いてるなぁ、僕。
「あ、あはははは、冗談冗談。僕は桜かな」
「寒桜とかじゃないですよね?」
だからそのチョイスはねぇベ!
「違う違う、春に咲く、思川桜かな」
よしきた、ローカル路線トーク。
栃木住民ならクスリとしてくれるぜ?
「あー、いいですよねぇ。色が濃くて綺麗なんですよね」
だから違うって、その方面の反応が欲しいんじゃないって!
突っ込めないのが悔しいよ。
がんちゃん早く帰ってきてー。
「そ、そうそう。いいよね、思川桜」
「でも向日葵がいいですよ。夏ですし」
「だからそうじゃない……って口に出しちゃった!?」
「はえ?」
「い、いやいや、さっきのは本来の僕じゃなかった。失礼」
「いえいえ、気にしないでください。多分私が悪いんでしょうし」
「いや、そんなことナイヨ?」
く、裏返ったか。
ここはスルーしてくれるやさしさをだね。
「だって、久々に家族以外の人とお話しするんですから」
って気づかずにちょっとヘビィトーク!?
こいつやるぜ、やるよがんちゃん。
「へ、へぇ、そうなんだ。あまり外に出ないの?」
「そうですねー」
よく見れば、その肌はきめ細やかで透けるように白いじゃないか。
外出しては、UVカットをいくらしても美白をいくらしてもこうなるものじゃない。
末路は鈴木その子……いや、なんでもない。
「でも、友達とかいないの?」
「友達ですか……うーん、鳥さんとか虫さんとか?」
ごめん。本当にごめん。
すっごい突っ込みたい。
我慢できるかな、僕。
「そ、それじゃ本当に家族とだけ? 学校は?」
「学校ですか? 行った事ないですね」
ヘビィだよ、超ヘビィだよ。
「そ、そっか。それじゃ僕が話し相手になるよ」
とりあえず話題転換だ。
「本当ですか?」
「ああ、本当だ」
「あ、あはははー。嬉しいです」
ちょっと何この子。
笑顔がすっげぇ可愛いです。
顔立ちだとかそんなんじゃない。
和むんだよ、心が!
精神攻撃なんだよ、これは!
「でも――」
「――ぃ」
「?」
「ぉーぃ」
遠くからがんちゃんの声が聞こえる。
その方を見ると、小さくがんちゃんの顔が見えた。
「がんちゃーん、奥までいきすぎー!」
「ごめんなー、テンションあがっちまったー。今戻るわー」
言うとがんちゃんは再び向日葵に埋もれた。
「はぁ、がんちゃんがやっと見つかったよ」
「あはは、楽しそうなお友達ですね」
「うん、がんちゃんはとてもいい友達だよ」
「羨ましいですね……」
初めて、彼女の表情に影が差した。
「紹介するよ、がんちゃんを」
「いえ、もう帰る時間なんですよ」
「でもちょっとくらいは――」
「あはは、だめですよ」
無理して作った笑顔が痛い。
「あ、これをお渡ししますね」
「うん?」
ぽとりと、手の中に小さなものを落とされた。
「これは?」
「話し相手になるって、約束しましたから」
言われて手のひらを見つめると、それは向日葵の種だった。
「どういう意――味」
顔を上げると、だれもいなかった。
「ただいまー。あと紅茶よこせー」
「あ、うん」
汗だくになったがんちゃんが代わりに横に座る。
「あー、うめぇ」
「ねー、がんちゃん」
「ああ?」
「さっき僕を呼んだときにさ、隣に女の子いなかった?」
「はぁ? お前頭沸いてるのか?」
「酷いよがんちゃん」
「誰もいなかったぜ」
「そっか」
がんちゃんは相変わらず向日葵畑を見つめている。
僕はというと手のひらに乗っかった種を見つめていた。
「よし、帰るか」
「え、あ、うん」
がんちゃんに遅れないように立ち上がり、そっと制服のポケットに種をしまった。
「よっしゃ、コンビニでアイス買うかー」
「がんちゃんは冷たければなんでもいいんじゃない?」
「あははは、それでもアイスがいいんだよ!」
「そっかー」
僕も笑いながらがんちゃんの後を歩く。
「ねぇ、がんちゃん」
「うん?」
「帰りにホームセンター寄っていい?」
「いいけど、何を買うんだ?」
「ちょっと大きい植木鉢を」
「ガーデニングでも始めるのか?」
「ま、そんなとこ。ちょっと約束を思い出してね」
「そっかそっか。それじゃコンビニで休んでからいくぞー」
「おー」
まだまだ高い日差しの中、僕たちは笑いながら歩いていった。
来年の夏に、会えるよね。
約束したんだから。
話し相手になるって。
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