[結局、運。]

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なかなか興味深いお題(お客さん!代金代金!)を頂きましたが、少々曲解しすぎた感じがします。
一応、お題の状況に当てはまる状況をオチに持って行ったようなものです。

「じゃんけん一回千円勝負な」
 話を持ちかける友人に思わずため息が出る。
 いきなり出てきて挨拶もなしにそれか、と。
 勿論、付き合うわけにも財布の事情的に無理だ。
 伝えるとその友人はなにやら可哀想な人を見つめるような顔を作って肩を落とした。
「使えねぇ奴だな、おい。それとも勝てないと諦めてるのか?」
 流石にその言葉は聞き捨てならない。
 と、挑発に乗ってしまえば負けだ。
 それが彼のクセであり、俺たちの付き合い方だからだ。
 不本意でも彼に諦めて貰うしかない。
 尻の右ポッケにぶち込んでいた財布を抜き取ってそいつに投げる。
 受け取るや否や、すぐに開けて中を確認すると、さらに友人の肩が下がる。
 なで肩でないのによくそこまで落ちるものだ。
「なんだよ、753円って。これでよく暮らせるな」
 暮らせるさ。そこそこな。
「ま、来月払いで勝負すっか」
 軽く眩暈がした。
 この男……本気でやる気らしい。
「ルールは単純。グー、チョキ、パー以外は禁止。最初にグーもなしの一発。あいこは100円増しな」
 しかも人の話を聞いていない。
「んじゃ、ジャンケン――」
 ――ポン。
 元々勝負をする気はなかったが、ここで出さなかったら不戦敗扱いになるかもしれない。
 そう思って思わず右手を出したが、そもそも勝負に乗ってしまった時点で負けだ。
 自分の浅はかさや短絡さに呆れてしまう。
 さて、勝負の行方だがどうやら不幸ではないようだ。
 互いに握り拳を突き出して数秒固まった。
「……ふぅ、危ない危ない」
 二人して止めていた呼吸を吐き出し、利き腕を戻した。
 既にふざけた空気はなかった。
 これは相撲の立会いと同じ。
 互いのタイミングを計り、勝負は殆ど一瞬で終わる。
 だからこそ、世の中の漢共はその一瞬のために様々な考えをし、あるいはガンかけなぞをする。
 友人のする、交差して組んだ掌の中を見るというのもその一つだ。
 この勝負は単に金銭を賭けた賭博ではない。
 むしろそんなものはちっぽけであり、本当に賭けているものは勝負をしている己自身のプライドだ。
 大きなものを背負って勝負をする時に本物の勝負になる。
 この千円とは、互いのプライドの身代わりだ。
 決して小さくないが、それでも大きすぎるというわけではない。
 少々馬鹿らしく思えるぐらいの金額――それだからこそプライドを賭けるに相応しい。
 そしてルールのあいこは100円増しもずるい。
 このあいこルールで、試合の引き伸ばしは互いに不利になる。
 つまり、絶対に勝ちたいと思う。
 あいこで安堵など出来ない背水の陣にも似たルールがこの世界を加速させる。
「いくぞ」
 真剣な声に頷く。
「ジャンケン――」
 ポン。
 俺が出したのはパー。
 そして友人は――パー。
「くっ、マジかよ」
 再び硬貨がテーブルに二枚追加される。
 耳を震わせる金属音が更にこの勝負を白熱させる。
「なぁ……次、何出す?」
 首を振り、さも余裕気に返す。
「ち、裏は見えないか」
 当然だ、心理戦なんて意味がない。
「次だ、ジャンケン――」
 ――ポン。
 互いにパー。
 コインが追加される。
「あいこの後に同じのを出すとは思わなかったな」
 俺も同じ思いだ。
 真剣勝負のあいこの後に同じ手は出しにくい。
 最初のあいこから次のパーでのあいこで手が変わっていることは伏線だ。
 これで相手の脳内に同じ手は出ないと刷り込む。
 だが、俺たちはそれを伏線として敢えて同じ手を使う。
 その時、出せるのは俺たちの場合グーかチョキ……グーかチョキしか出さない場合はグーが勝利かあいこに持ち込める一番無難な手だ。
 だからこそ俺は、あいつはそれに勝てる――同じパーを出している。
 もう一つ読んでチョキにしていれば勝てたのかも知れない。
 だが、それにはグーに負けるリスクを背負うことになる。
 そこまでは、俺たちは勝負に賭けられなかった、それだけの話だ。
「おおい、これは面白くなったな」
 ここまで夢中になるとは、俺も予想外だ。
「いくぜ! ジャン!」
 声を出して右手で拳を包む。
「ケン!」
 大きく振りかぶる。
 あいことなった場合、勝ち負けは相手がどれだけ読むのかを制した者が勝つ。
 あいこが続く場合、それは互いの読み合いが拮抗しているのだ。
 三連続であいことなった俺たちはかなり同じ読みをしているのだろう。
 無論、運の要素も否定できない。
 勝利の女神が微笑むのはどちらだ。
「――ポンッ!」
 俺が出したのは左手のグー。
 そして友人が突き出したのは――チョキ。
 勝者は俺だった。



「ほい、300円」
 俺の財布にベットされた300円も含めて戻ってくる。
「ん? 千円足りなくない?」
「あー、千円? あははは」
 乾いた笑いを浮かべてそいつは俺と同じように財布を投げてきた。
 残金――114円。
「お前、持ってないのにふっかけてきたのかよ」
「あははははは、まぁいいじゃん? それより俺から奪った金で飲み物くらい奢れよ。俺の金じゃ買えないし」
「なんだよそれ、結局俺の賞金は180円? 俺も喉渇いたから60円か」
「いーじゃんいーじゃん、どうせお前だって金なかったんだし」
「来月、ちゃんと払えよ?」
「んー、覚えてたらね」
 お互いに馬鹿馬鹿と可愛く罵りながら自販機の置いてある場所へと歩き出す。
 ま、俺も人の事は言えないな。
 負けたときは踏み倒す気でいたからだ。

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