[ある男の話]

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 死体を数える男がいる。

 自分が凶器を振るった数よりちょっと少なめの数を数える。

 そして殺した数だけ石を積む。

 心に溜まる背徳感と罪悪感をその墓に全てを注ぎ込む。

 そして、また心を空っぽにして男は再び数えるために街に出る。



「……って話はどうよ?」
「なんか凄くダークだな」
「それを狙ってみた」
「で、オチは?」
「それはね……」



 男は遂に九百九十九個の石を積み上げた。

 凶器を振るった数は千百弱。

 ほぼ一撃で仕留めてはいるが一割程度の確率で二撃となっている。

 そして最後の石は――己自身。

 心の臓に白刃を突きつける。

 そして、貫く。

 その瞬間、男は涙して、困ったように笑った。



「……ようわからんな」
「ま、これで表は完結ね」
「表?」
「うん、今回は表裏一体なんだ」
「つか、二部構成って言えよ……」



 とある病院である男が息を引き取った。

 その男はとある不運で娘を殺していた。

 そして、その男は自殺を図り、しかし失敗したために病院に担ぎ込まれた。

 が結局一度も眼を開くことはなかった。

 その死に際を看取った者の話は、男は最後に涙を流して死んだそうだ。

 そしてその死体を調べると、塞いだはずの傷口が刃物で切られたように開いていたという。



「……夢オチ?」
「うん」
「ふーん。で、男が夢で殺しまくっていた理由はなによ?」
「おっと、それは最終章で!!」
「表裏一体じゃねー!!!!」



 男は嘆いていた。

 男は泣いていた。

 理由は一人娘を殺してしまったことだ。

 いや、事故だろうが全て自分の責任である。

 だから男は娘を「殺して」しまったのだ。

 一人現場の自宅で佇んで悲愴に浸っていた。

 かたん、とポストに何かが投函される音が聞こえた。

 それは定期購読している雑誌だった。

 失った日常はもう戻らないが今ある日常は自分に関係なく先まで続いている。

 そんな世界が恨めしく思い、男は震える膝でそれを取りに行った。

 今月は「オカルト特集」。

 読む気力がないので男は玄関を閉めたとたんに廊下に放り投げた。

 その時に偶然開いたのがその特集の記事。

 どこかの誰かの死人が蘇るという話だった。

 潮来(いたこ)じゃあるまいし、そう思いはしたが興味がわいたので軽く、それでも藁を掴むような感覚も憶えつつ記事をなぞってみた。

 結局、どうでもいい話だった。

 どうでもいい――それは男自身もそうだ。

 娘を殺しておいて、生きられようか。

 定まらぬ足取りで台所へ赴き、包丁で徐に心臓部を突き刺した。

 気付いたら病院だった。

 結局死ぬことは出来なかった。

 退院まで何日かを聞いた後はそれ以外の言葉をすべて遮断して死ぬことだけを考えた。

 予定通り退院した日、再び我が家に戻ったその瞬間に電話がなった。

 ほぼ反射で受話器を取っていた。

 それは神様からだった。



「かなり強引だな」
「夢だからね」



 電話の神様は男に言う。

 人間を生き返らせる術がある。

 ただ、そのためには人間の魂が千必要だ。

 逆を言えば、千あれば生き返らせることが出来る。



「逆を言う必要、全く無いよな」
「言わんといてーー」



 男は思わず、それを頼んでしまった。

 だから、男は人を殺さなくてはならなかった。



「これで終了?」
「いやいやーまだあるんですよ」



 男は神頼みをしてから最後の一つは自分のにすると決心した。

 だから、男は合わせて九百九十九の人間を殺さなくてはならなかった。

 最後の千個めの魂として自分の胸に突き刺した時は軽い快感すら覚えた。

 だが、自分が死んで、自分を見下ろした時、男は嘆いた。

 結局、千個の石は無駄に終わったのだ。

 神などいない。

 それを悟るのは遅すぎた。



「何、これは」
「ちょっとした暗喩を込めて」
「暗喩って、結局神様出して否定したら、宗教関係と誤解されない?」
「ま、そういう奴は読解力がないということで」
「アンタの書き方が悪いんじゃない?」
「そーかな」
「そーなの。第一私だって解からないんだから」
「うん? さすがに解かるかと思ったけど」
「わからねーって」
「うん、じゃ、この神様ってのはどうでもいいんだ。重要なのは男の行動」
「男の――」
「そう、男は自分を見失いかけた時に与えられた情報を鵜呑みにして自身で天秤を使うことなくそれをやり遂げる」
「そーいう奴の批判、ってわけ?」
「ま、そういうこと。拡大解釈すれば、日本人性の批判にも繋がるけどね」
「つまりあんたが言いたいのはどんな時でも正しい判断能力を持て、だろ」
「ちょっと違うね。判断能力ってのは絶対的に正しいなんてものは無いよね。文化的背景、宗教的背景が絡むんだから」
「まあ、確かに」
「だから、こういうのは単に『一番悲しいのは判断できる自分を見失うこと』かな。」
「長いね」
「だけど、納得は出来るでしょ」
「それとなくは」
「それとなくで、全然おっけー」
「おっけーなんかい」



 実は――続きがある。

 男の妻が自宅にその死体を運んだ時のことだ。

 葬儀屋が死体を家に運び入れた時、電話が鳴ったそうだ。

 妻がその電話に出ると、男の声で「すまない」と言った。





 実は隠れた隠喩というのは先人が殆ど残したもので、これを書くと「後悔先に立たず」になる。
 それが、この話の隠れた、ちょっとした話だ。

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